三社横断 三京祭 京極夏彦新刊祭
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本サイトでの「今昔百鬼拾遺」公開は終了しました
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<NEWS>「怪談専門誌 幽 VOL.30」(KADOKAWA)に「今昔百鬼拾遺 河童」最終回掲載
<NEWS>「怪 vol.0053」(カドカワムック)に「今昔百鬼拾遺 河童」第二回掲載
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【新刊情報】電子書籍『ヒトごろし』価格2200円(税抜)配信開始!
<NEWS>「怪談専門誌 幽 VOL.29」(KADOKAWA)に「今昔百鬼拾遺 河童」第一回掲載
― 1月26日に『鉄鼠の檻 ハードカバー版』(講談社)、1月31日に『ヒトごろし』(新潮社)、そして2月28日に『虚談』(KADOKAWA)と新刊が相次いで発売されました。全国の京極夏彦ファンにとっては、嬉しい刊行ラッシュです。
京極:別に狙って発売日を揃えたわけではないんですよ。技術的な問題だったり内部調整だったり、各社それぞれの理由でスケジュールを組んだら、たまたま発売日が固まってしまった。ただでさえ僕の本は厚いし、重いんです。それが3冊も重なったら買ってもらえませんよ(笑)。
京極:三社それぞれ、うちの本が売れなくなるじゃないかという不安を覚えたんでしょうね。慌てて調整しはじめたんだけど、ちょっとずらす程度じゃ変わりはないし、そこで合同キャンペーンという発想になったんでしょう。それが今回の「三社横断 京極夏彦新刊祭」ですね(笑)。
― それぞれ傾向が異なる3作について、インタビューさせてください。まず『虚談』は奇妙な味わいが魅力の短編集。「『 』談」シリーズの第5弾です。
京極:怪談専門誌の『幽』から怪談を書いてほしいと依頼されたんですが、常々公言しているように、怪談は難しくて僕には書けないんです。それで「どこも載せてくれないような小説なら書きます」と言って始めたのがこのシリーズですね。『虚談』とは嘘いつわりの話です。怪談実話と言われるジャンルでは、執拗に「これは本当にあったことだ」と主張することが多いんですが、たとえ自分の体験談であっても、文章で書かれたものは事実ではないです。ならば全部嘘だよと正直に言おうという。全話そのパターンでやりたかったんですが、2話以降は出オチになるなと気づいて(笑)、「嘘だったらいいな」「どのへんが嘘だろう」と嘘の割合や方向性を変え、バリエーションをつけながら書き分けました。
― 語り手の〝僕〟は京極さん自身を思わせます。エピソードもリアルで、読んでいると「もしや実話では?」という思いが浮かんできます。
京極:いや、嘘だと書いてあるじゃないですか(笑)。実話と書いてある時は信じるんだから、こちらも信じてください。でも「嘘だ嘘だ」と強調すると、もしや本当なんじゃないかという気持ちになってくるもんですよね。私は絶対嘘をつきませんという人はあんまり信用できないですが、僕の言うことは全部嘘ですという人はどうでしょう。これはそういう本ですね。気持ちの悪さ、後味の悪さは、最初から本当だと言い張っているものからは決して出てきませんから。
― 死の連鎖を描いてゾッとさせられる「ちくら」、夢と現実の交錯を描いた「リアル」と、多様な中にも京極小説のエッセンスが詰まっていますね。
京極:過去にも『虚談』的なテーマを扱った作品は書いているんですが、手法として確立しているわけではなくて。ただ怪談の文脈から不要なものを消していくという引き算の発想はありましたね。因果話的な説明であったり、実話を強調するスタンスだったりという、怪談にありがちなお約束を外していく。別に何も起こらないので、読んでて何だか気持ちが悪い程度のお話になるんですが。タイトルも3文字で統一されていて「『 』談」シリーズの中では一番コンセプチュアルな本になってますが、これはたまたまです。怪談は難しいですからやっぱり書けないですね。
― 一方、『ヒトごろし』は鬼と恐れられた新選組副長・土方歳三の生涯を、これまでにない独創的な観点で描いた圧巻の長編時代小説です。そもそもなぜ土方を書こうと思ったのですか?
京極:幕末ものって簡単に人が殺されるでしょう。天誅だ粛清だとあっちこっちで人が斬られる。町人もサクサク斬られる。でも、いくらなんだってそれはないでしょう。テレビ時代劇ならОKですが、小説だとかなり無理がある。江戸や京都がそんな無法地帯だったわけはないし、斬る方だってそんな簡単に人殺しはできないですよ。近代戦争に参加した兵士だってPTSDに苦しんでるんですから。まして戦時下というわけじゃないんですからね。いつの世でも殺人は犯罪ですよ。そのへん、多くはファンタジーみたいな文脈でスルーしちゃうんだけど、他のことはともかく人殺しは美化しちゃいかんでしょう。幕末の日本はディストピアじゃない。一方で、実際に暴力行為が多発していたことは事実ですし、治安が悪かったことも間違いない。そのへんも、尊王攘夷佐幕倒幕というイデオロギーで正当化されがちですね。大義のため忠義のためと、やっぱり殺人行為はうやむやにされちゃう。でも、それはどうなのか。そもそもそんなに明確に二極分化していたわけではないですよね。戊辰戦争が始まると、どっちかに振り分けられてしまうんだけど、それでもぐだぐだですよ。戊辰戦争ってほんとにダメな戦争だったと思うんですね。そうしてみると、幕府方でも新政府方でもなくて、殺人に対しても特別な感情を「持てない」人物を作らないと、今日的な視点は得られないだろうと思ったんですね。で。百姓でも町人でも侍でもないサイコパス、ということになっちゃった。その条件に合う人選ということで、新選組の副長であり、幕末明治を一番長く戦った土方歳三を選択したということですね。
― 土方ありきではなかった?
京極:はじめに新潮社さんが依頼してきたのは、「平安時代くらいに伝来した架空の仏教宗派の架空の歴史を書いたら面白いんじゃないか」というものでした。ちょっと面白いかもと思ったんですが、平安から現代までですから、そんなもの一冊で書いたら分厚い歴史年表みたいになっちゃうでしょ。だから時代ごとに分けないとなあと思って。今回は幕末篇。
― そんな壮大な思惑があったのですね!
京極:それは壮大じゃなくて無謀といいますね。新潮社の前作『ヒトでなし 金剛界の章』も、その流れなんです。『ヒトでなし』は、対になる『胎蔵界の章』が書かれればもう少しわかりやすくなるんでしょうけど、どういうわけか順番が前後してしまって『ヒトごろし』が先に出てしまいました。どちらの作品にも僧侶が出てきますが、あの2人は同じ宗派ですね。『ヒトごろし』の坊さんは『ヒトでなし』の坊さんの祖父です。『ヒトでなし』の続きも書かなくちゃいけないんですが、『ヒトごろし』にも外伝があるみたいで。そんなにいっぱい書けないですよね。
― 『鉄鼠の檻 ハードカバー版』は、1996年に刊行された「百鬼夜行」シリーズの長編第4弾を、小口印刷など、最高水準の印刷技術を駆使して蘇らせた永久保存版です。
京極:すごい昔に書いたもんですよね。100年くらい経ってる気がしますけど(笑)。いま志水アキさんがコミカライズしてくださっているんですけど、僕が書いたのは22年も前なんですよ。この愛蔵版というのもしばらく出してなくて、『狂骨の夢』が出たのが11年以上前。これ、大変に凝った造本なんですけど、当時はあまり難しくなかった小口印刷が、いまはもうできないんだそうで。だから作業はかなり大変だったみたいですね。こういう技術がすたれてしまうというのは悲しいことです。今回は食品の缶を印刷している印刷所に依頼して、小口を刷ってもらったんですね。黒インクの匂いが移ってしまうので、一緒に作業はできないそうで、通常の作業を停止してもらって、ネズミを印刷してもらいました。大変に申し訳ないことですね。そういう諸々の事情もあって、簡単に増刷はできないんです。現在市場に出回っている数が、たぶんマックスです。
― 1000ページを超す長さもさることながら、禅寺での連続殺人事件に京極堂らおなじみの面々が巻きこまれるというストーリーも魅力的です。
京極:あんな面倒なものいったい誰が書いたんでしょうね。読む方も大変じゃないですか。『虚談』や『ヒトごろし』も、作り方は同じなんですが、『鉄鼠の檻』は一応ミステリですからね。歴史に材を採る場合は大きな枠組みは決まっているわけで、そこは変更できない。一方『「 」談』シリーズのようなものは随意に一枠を作って進めていく。ミステリの場合は複数の枠を重ねて整合性をとるしかないわけで、それもあらかじめ決まっている枠なんかない。ものすごく面倒くさい。体力がある若い時期にしか書けないもんですね。そう思うんだけどもなあ。
― 今回発売された3冊をすべて購入した人には、「百鬼夜行」シリーズの書き下ろし短編が特設サイト上で公開されるとか。ファンには最高のプレゼントですね。
京極:ですから、僕はもう老いているわけですよ(笑)。あのシリーズは長編の他に、「百鬼夜行」「百器徒然袋」「今昔続百鬼」という短編のシリーズがあるわけですが、あ、ずっと短編だと思っていたんですけど、「百器徒然袋」「今昔続百鬼」あたりは長さからいうと中編らしいですね。騙されていました。今回も中編ですよ。ずっと前に考えたのに媒体がなくて10年くらい店晒しになっていた「今昔百鬼拾遺」という第4のシリーズです。ただ、僕はメモしない性質なので、すでにあんまり覚えていないんですけど。
― おなじみのメンバーは登場するのか、一体どんな事件が描かれるのか、期待が高まります。内容について少しだけ教えてもらえますか?
京極:三社合議の末、今回の新刊3冊がリンクするような作品がいいんじゃないかということになったんですけど、無茶振りですよね。みんな時代が違うじゃないか。書く方の身になってほしいですねえ。まあ「百鬼夜行」シリーズは現代や幕末の話ではないので、そこに集約させることになるんでしょうけど、というかそうしなくちゃいけないんですが。「百鬼夜行」シリーズは既刊本で昭和28年の暮れ、短編の一部は昭和29年まで進んでいるので、時代は昭和29年の春ですね。タイトルはシンプルに「鬼」です。あの人とあの人が登場しますが、アノ人たちは時間軸上別の事件に関わっているので、出ません。いま書き始めたので、あまり期待しすぎずにお待ち下さい。
― なるほど。書き下ろし短編を読むのは、『虚談』『ヒトごろし』を熟読してからの方が良さそうですね。「今昔百鬼拾遺・鬼」、この特設サイトで拝見するのが楽しみです!
取材・文=朝宮運河